目醒めた世界へ

ユーカリの森に暮らしています。自然の恵みに感謝して、ここにある全てと調和して循環しながら共生できたら素敵だと思うのです。 森羅万象を感じて行動する世界へ

「未接種者との戦争の敗北宣言」と理解しました。

前回の「茶番劇の終わりは間近」のUP後、indeepさんのところで翻訳されていたアメリカのカトリック系サイトの意見記事を読みました。茶番劇の終わりを感じさせる記事です。書いている方は「匿名のワクチン接種を受けた作家」だそうです。私はここオーストラリアでまさにワクチン戦争の未接種者で迫害される経験をしましたので、接種した方からのこのような謙虚で共感を伴った意見の表明には感慨深いものがありますし尊敬します。なのでここにそのまま引用させてもらいたいと思います。

indeep.jp

ワクチン未接種者の戦争が消えたことに誰もが感謝すべきです

そして、私たちは皆、ワクチン接種を受けていない人たちに心からの感謝の気持ちを見つけようとすべきです。

Covid が戦場だったとしても、ワクチン未接種の人たちの体はまだ暖かいでしょう。ありがたいことに、任務は放棄されており(※ ワクチン義務がなくなったというような意味だと思います)、戦争の両方の人たちが新しい正常に戻っています。

ワクチン未接種者たちは過去 2年間の英雄であり、彼らは私たち接種者全員に対しての素晴らしい試験としての対照群であり、Covid ワクチンの欠点を浮き彫りにすることを可能にしました。

かつて私たち接種者は、ワクチン未接種の人たちを精神的に破壊しようとしていました。私たちが彼ら未接種者たちに何をしたのか、彼らに「科学」で何を強制したのかについては今は誰も話したくありません。

完全にワクチン接種された場合の免疫力の低下は、社会内の他の人々と同じリスクプロファイルを持っていることを私たちは知っていました。ワクチンを接種していない人たちは少数派ではあっても、それでも私たちは彼ら未接種者たちに特別な迫害の印を付け続けました。

彼らは自分たちの体と医学的自治を国家に引き渡すことは、「より大きな利益のために正しいことではない」と述べました。

オーストラリアのいわゆる健康専門家たちや政治指導者たちの多くは、職場、友情、家族の集まりで戦いを繰り広げ、ワクチン接種を受けていない人々の生活を、ほとんど生きていけないものにすることを目標としていたことを認めました。

私たちは、正義から絶対的な残酷へと素早く移行しました。私たちは当局や健康の専門家たちに、ワクチンを推奨した責任を負わせるかもしれませんが、社会に生きている人たちは誰でも、あのようにうまく配置された罠に足を踏み入れさせるようとしたことに対して責任を負わなければなりません。

私たちは、私たちの体の内部に入るものに関しては、原則的に反対が貴重であることを十分に知っていたにもかかわらず、これを行いました。効果のないワクチンの接種を。

権力に目がくらんでいる政治指導者たちによる数ヶ月の設計されたロックダウンの後、誰かに責任を負わせて火刑に処するのは気分が良かったので、私たち接種者はワクチン未接種者のスケープゴートを楽しんだのです。

私たちは自分たちの側に論理、愛、そして真実があると信じていたので、ワクチン未接種の人たちの死を願うことは簡単なことでした。

一般的な準拠に拠らないことを嘲笑し続けた私たち接種者側は、彼ら(未接種者)の勇気と原則に当惑し、ワクチン未接種者の理屈が成功するとは思わなかったため、私たちは迫害と嘲笑を続けたのです。

ボニー・ヘンリー、テレサ・ラム、ロリ・ワナメーカー、アンソニー・ファウチ、トルドー、およびその他の著名な役職の何百人ものキャストたちは、公共の場でワクチン接種を受けていない人たちを非難し、ソーシャルメディアの怒れる暴徒たちを煽った責任を負う必要があります。

暴徒たち、マスクのナチズム、そしてワクチンの弟子たちは、ワクチン未接種の人たちが「屈しなかった」ことに困惑しました。義務にその程度の力しかなかったことに当惑しました。

大手製薬会社、ビル・ゲイツと彼の多くの組織、そして世界経済フォーラムによる支配を終わらせたのはコンプライアンスではありませんでした…。その支配を終わらせたのは、私たちが嘲笑し破壊しようとしていた人々のおかげだったのです。

私たちは皆、ワクチン未接種者に対する内面の感謝を見つけるよう努めるべきです。彼らの忍耐力と勇気が私たちが間違っているのを見る時間を私たちに与えたにも関わらず、私たちは彼らを憎むことによって満足を得ていたのです。

したがって、今後仮に、Covid やその他の病気やウイルスによる統制命令が戻ってきた場合でも、うまくいけば、私たちの多くが目を覚まし、権力と統制に重点を置いた権威主義の高まりに気づくでしょう。それらの権威主義は、私たち人間の幸福には興味がありません。

ワクチン未接種者の戦争は消えました、そして私たちは皆それに対して強く感謝すべきです。

www.lifesitenews.com

www.lifesitenews.com

私達を責めた人々にこの記事を送ってやりたい願望がありますが、こういう物は自分で見つけないと意味がないんですよね。こちらから提示すると逆効果になってしまいますからね。私たちが接種しない事を責めた人達は今ただ沈黙してますよ。みんな何もなかったように振るまってます。もしくは未だにコロナの恐怖の中に暮らしています。ワクチン信者の義理の両親なんて4回接種して、その上インフルエンザも打っています。義理の父なんてさらに治験中の血栓を防ぐ新しい薬のショットも打ってコロナを恐れて暮らしているようです。(まぁ私達に会いに来ないので助かっているのですが🤣元気なようですよ。それはそれですごいと思います!)

ニュースの記事ってなくなってしまうこともあるので英語も貼り付けておきます。

Everyone should be thankful the war on the unvaccinated was lost

And we should all try to find some inner gratitude for the unvaccinated, whose perseverance and courage bought the vaccinated the time to see we were wrong.

Wed Jun 22, 2022 - 4:24 pm EDT

Editor’s note: The author of this piece is an anonymous vaccinated writer.

(LifeSiteNews) – If Covid was a battlefield it would still be warm with the bodies of the unvaccinated. Thankfully, the mandates are letting up, and both sides of the war stumble back to the new normal.

The unvaccinated are the heroes of the last two years, as they allowed us all to have a control group in the great experiment and highlight the shortcomings of the Covid vaccines.

The unvaccinated carry many battle scars and injuries, as they are the people we tried to mentally break, yet no one wants to talk about what we did to them and what they forced “The Science” to unveil.

We knew that the waning immunity of the fully vaccinated had the same risk profile as others within society – as the minority of the unvaccinated – yet we marked them for special persecution.

You see, we said they had not “done the right thing for the greater good” by handing their bodies and medical autonomy over to the State.

READ: Male fertility drops ‘significantly’ in months following Pfizer’s COVID jab: study

Many of the so-called health experts and political leaders in Australia admitted the goal was to make life almost unlivable for the unvaccinated, which was multiplied many times by the collective mob, with the fight taken into workplaces, friendships, and family gatherings.

Today, the hard truth is none of it was justified. We took a quick slide from righteousness to absolute cruelty. We might lay the blame on our leaders and health experts for the push, but each individual within society must be held accountable for stepping into the well-laid-out trap.

We did this despite knowing full well that principled opposition is priceless when it comes to what goes inside our bodies, and we let ourselves be tricked into believing that going into another ineffective lockdown would be the fault of the unvaccinated and not the fault of the toxic policy of ineffective vaccines.

We took pleasure in scapegoating the unvaccinated because after months of engineered lockdowns by political leaders blinded by power, having someone to blame and to burn at the stake felt good.

We believed we had logic, love, and truth on our side, so it was easy to wish death upon the unvaccinated.

Those of us who ridiculed and mocked the non-compliant did so because we were embarrassed by their courage and principles and didn’t think the unvaccinated would make it through unbroken and we turned the holdouts into punching bags. Bonnie Henry, Teresa Lam, Lori Wanamaker, Anthony Fauci, Trudeau, and the other cast of hundreds in prominent roles need to be held to account for vilifying the unvaccinated in public and fueling angry social media mobs.

RELATED: ‘Let them die’: Canada’s largest newspaper promotes hostility toward the unvaccinated

The mobs, the mask Nazis, and the vaccine disciples have been embarrassed by “betting against” the unvaccinated because mandates only had the power we gave them.

It was not compliance that ended domination by Big Pharma companies, Bill Gates and his many organizations, and the World Economic Forum… It was thanks to the people we tried to embarrass, ridicule, mock and tear down.

We should all try to find some inner gratitude for the unvaccinated. We took the bait by hating them because their perseverance and courage bought us the time to see we were wrong.

So if mandates ever return for Covid or any other disease or virus, hopefully, more of us will be awake and see the rising authoritarianism that has no concern for our well-being and is more about power and control.

The war on the unvaccinated was lost and we should all be very thankful for that.

 

茶番劇の終わりは間近😊

たくさんの懸念する情報があります。でも本当のところ、何が真実で誰が白なのか黒なのかわからないです。私は人物を白黒はっきり分ける必要はないと思っています。ただ、人類の自由意思と主権を守る光の意思を持っているのか、人口削減と奴隷管理という闇の意思を持っているのか、過去ではなく、今ココでどういう行動をしているのかで判断したいと思っています。

それでも習近平と中共、中国という国をどうとらえていいのか分からないのですが、なんかこの首脳陣の様子を見ると世界平和を感じます。ボルソナ大統領がとっても嬉しそうで、こちらも嬉しくなってしまいました。

私はプーチンさんに光を見ています。そして早く実現して欲しいです。

一方オーストラリアでは、ようやく一番専制的だったビクトリア州のVax義務化が終わりました。その後にクイーンズランド州も続いています。

クレイグ・ケリー

ドミノは倒れ続ける

物語が崩壊し続ける

茶番劇は早くも終わりを告げようとしている

Vax-free Vicの教師は、学校職員に対する3回のVax義務化の期限が切れた後、自由に教室に戻ることができる。

すべての職場の義務化を今すぐ終わらせよう

今すぐ🤡ショーを終わらせる

今日ね、なんかふと思えたんです。

新世界秩序、デジタル管理、人類の奴隷化、闇の計画はもう本当に失敗している。もう絶対無理、無理、実現不可能!ジョージア・ガイドストーンもこんな有様🤣。この写真が載ってたブログはアクセスができないです。あちら側は必死ですね〜🤪。

一日も早く、メインメディア、我が家のためにはオーストラリアの国営放送ABCでその崩壊の様子を確認したいものです。

 

 

南半球・今日は「冬至」です。Winter solstice 2022

占星術って難しくて全然わからないのですけど、それでも季節の節目節目は太陽と地球の物理的な変換点ですからねエネルギーの変換点になるのは不思議な話ではないと思っています。ただね世界的には今日は夏至ですよね。夏至に向けての日本語のメッセージを読みながら、どうやって解釈したらいいのかなぁ?とよく思っていました。それで探してみたらガイアハウスのマキさんのとってもわかりやすい解説を見つけました!

www.jams.tv

人類の92%が住む北半球の流れで説明してみましょう。

春分点で種を蒔き、3カ月間、水をやって肥料を与えます。
夏至点で成長して、芽が出て花が咲き、その成長を十分に楽しむ3カ月間があります。
秋分点で実を収穫して、実りをいただき吸収します。
冬至点で次のサイクルに向けての準備期間に入ります。いらないものを手放して、次に蒔くための種を用意します。

それぞれのポイントの惑星の位置が、その3カ月の過ごし方のアドバイスとなる宇宙からのメッセージというわけです。

そのうち、春分と秋分という東西のラインに関係する点のホロスコープは、「個人個人の力がどう発生して実現していくのか」に影響し、冬至、夏至という北と南のラインに関係する点のホロスコープは、「個を超えるグループや団体や社会のエネルギー」に関係します。

北半球では、太陽が蟹座の0度に入る夏至の日は、太陽が最も北に位置する北回帰線上に止まる日でもあるので、太陽が出ている時間が一番長いことになります。ということは、太陽のパワーが最大になっているのです。

逆の言い方をすると、この日から下降気流が始まります。太陽のエネルギーが少しずつ弱くなり、月のエネルギーの方が強くなってくるのです。

ですから、太陽はその日から月の居場所である蟹座に入り、蟹座のように家や仲間のいる安全なところで休憩するわけです。そして、限られたところで活動することで安心するエネルギーの時期は、より自分の居場所、家庭を見つめていくことが大切な時期になっていきます。

さて、ここからが正反対の季節にある南半球の意義というか解釈が見えてくるのです!

ご存知の通り、地球の傾きによって南半球と北半球の季節は逆になっていますが、この傾きこそ実はとても大切なこと。南半球の人口は全体の8%ではありますが、北半球が下降しても、南半球の上昇で地球を支えることができるようになっているのです。光は反対から見ると影になり、影の反対から見ると光が見えるのです。

「宇宙はすべて計算してつくられている」と私は感じています。

もし地球全体が同じ周期で、太陽の光の強い時期と月の闇が強い時期を迎えていたら、この闇の強くなる夏至から秋分までの3カ月は世界全体の光の動きが止まってしまいます。そうはさせないのが、南半球勢!というわけですね♪

南半球では、6月21日の冬至を境にどんどん太陽の力が強くなりますから、これからの数カ月は、私たち南半球勢の出番なのですよ。

ただし太陽が強くなると言っても、オーストラリアでも太陽が蟹座の0度に入ることに変わりありません。ということは、拡大すると言っても、蟹座の太陽として拡大するのですから、闇雲に広げるのではなくコアに真ん中に集まることで、広がりの波動に変わっていくという感じでしょうか。蟹座の太陽は、広く浅くつながることでは拡大しません。南半球に住む人たちの共通の使命は、蟹座的に広がることなのかもしれません。

そして蟹座の0度は、ホロスコープの円の一番下に位置しています。これは陰陽マークの分岐点です。日本でもオーストラリアでも、ホロスコープの最底辺にタッチする瞬間です。「底を蹴って、勢いをつけて、一気に上に上昇していくポイント」。皆さん、6月21日はそういうイメージを意識して見てくださいね。

確かに振り返ってみると、去年の12月夏至からの半年は今まで以上に「より自分の居場所、家庭を見つめていくことが大切な時期」を過ごしたと思います。

さて、これからの半年は活動期に向かいます。文字通り種を撒いて成長を楽しみたいとワクワクしています。

 

冬至の柚子湯、日本の伝統、いいですよね〜。でも少ししかないからなぁ。お風呂より・・

やっぱり食べる事にしました!柚子のヨーグルトケーキにしましたよ。全然伝統的じゃなーい🤣

 

ヒューゲルカルチャーでガーデンベッドを作ってみました🪵🌱

ユーカリの森の中に暮らしているので敷地内にはたくさんの木があります。しかも数年前の干ばつのせいで枯れてしまった木もたくさんあります。見ると悲しくなるのですが、暖炉の薪に使えます。そして腐った木をガーデンベッドに入れる栽培方法ヒューゲルカルチャーというものがあってそれにも使えるのです。しかもその農法は基本水やりがいらないガーデンになるのです。やるしかないです!

 

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まずね、ガーデンベッドを設置したい場所を掘って平らにしました。

丸太を隙間なく並べました。枯れた木を切ったものなのでもう乾いています。でもまだ腐り始めてはいないです。分解に時間がかかるのでしょうねー。エアポケットができすぎないようにできるだけ真っ直ぐな木をぎゅうぎゅうに入れてみました。

丸太の上に小枝を置きました。

ヒューゲル(Hügel)とは「丘」が語源のようですので、丘風に作ってみようと真ん中は多めに丸太を入れました。

ルーセンマルチを被せて、

羊糞をたくさん入れて、その上にシュガーケーンマルチを乗っけました。

その次にコンポストなんですが、このフレームの中に入っていたお休み中の土を新しい場所に移したフレームにコンポストとして少し戻しました。

そして最後にまたラザニアでルーセンマルチを被せて完成です。しばらくお水をあげて土がセトルするのを待とうと思います。

 

こちらは次のプロジェクトです!この緑のガーデンベッドフレームがあと3つあるのです。組み立てて、ここに設置しようと考えています。結構時間がかかりそうですが、楽しみ〜✨

 

ガーデニング中や文章を書く時に聞きたい音楽

今日これから書きたいガーデニングにはまーったく関係がないんですけど、音楽を聴きながら書いたり読んだりしたいので、ここに貼り付けちゃいます。またまたLAYERSから。相変わらずどんな人達なのか知らないんですけど音色に惹かれるんですよね。特にバイオリンとチェロの二重奏やピアノ三重奏なんでね、憧れちゃいます。あぁいつかうちの息子くん達がこんな風に弾けるようになったら💕

どんだけ練習すればこんなになるんだ、勝手に夢を膨らませてと呆れられそうですが🤣。


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あれ?聞きたい曲を貼り付けてたらもうガーデニングの記事ではなくなってしまいました。

ガーデニングは次回に。

陰陽のマークを思考の中心においています。

今回はヒューゲルカルチャーのガーデンベッドについてUPするつもりだったのですが、完成できなかったので明日にします。

 

私はいつも陰陽のマークを自分の思考におくようにしています。

「光(陽)のあるところに闇(陰)があり、闇(陰)のあるところに光(陽)がある。」「真実の中に偽りもあり、偽りの中に真実もある。」瞑想中にこの言葉とシンボルが浮かんだのです。

生死、善悪、喜悲、有無、男女、老若、左右、前後、高低、勝負、明暗、好嫌、成功失敗…etc

この二元性の世界では、その間でバランスをとりながら生きていて、全てを白黒はっきり分ける事はできなくて、またする必要もなくて、実は良いも悪いもなく、物事は表裏一体なんだなぁ。と腑に落ちた事があったのです。それ以来、陰陽マークを思考の中心においています。

 

 

今日もつらつらと、表の情報、裏の情報、メッセージ系を軽く見ていましたが、世界は混沌としていて、何が何だかわからないです。情報がカオスです。信じたい情報、信じたくない情報がありますが、誰が、どの情報があっている、間違っていると決めつける必要はないし、わからないことは保留です。とにかく光を心に灯して進むしかないと思っています。

ただ、ワクを打った家族が体調を崩すと胃が締め付けられます。でもね、それでもね、やっぱり、最後には希望と光にしか辿り着かないのです。ただ早く早く!と焦る気持ちがあります。

そんな中、本当にD Sあちら側の人たちは、計画通りに物事を進められていないのではないか?と、スピ系ではなくて、嘘だらけの表のニュースからも感じられるようになってきた気がするのです。「世界で最も裕福な人々が 2022年に1.4兆米ドル (約 190兆円)を失った」そうです。ブルームバーグの記事だそうです。

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なんか本当に近づいてきているかな・・・


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「無条件の愛」とは、

悪い事を受け入れることでもなく、

不正を受け入れることでもなく、

否定的なこと、自分の意思に反していることを受け入れることでもありません。

ジャッジせず期待しない事です。

 

「最も重要な資質」とは、

*「感謝の気持ち」

*「慈悲の心」他の人の感情を理解し、共有する能力。

*「愛」私たちがこの惑星にいるのは、お互いを完全に愛する事を学び、この世界を楽園に変えるためなのです。どんな困難があっても、この地球で生きている事を楽しむ事です。

*「謙虚さ」

*「寛大さ」

*「気づき」

*「赦し」

南側・バックヤードガーデン

以前、南側の家の周りのDIYの様子を記事にしました。そこは今も途中なんですが、同時進行で階段の上のガーデンエリアもいろいろやっています。冬の間に新しいガーデンベッドを設置したくて頑張っています。でも暖かい日しかガーデニングやりたくないです〜😆

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このピンボケの写真多分引っ越してきた2013年だと思うんですよね。本当に岩だらけでした。

階段も何もないです。

頭が出ている岩を掘り起こして一つ一つどけていきました。

お隣さんが廃材のトタンで簡易Raised Garden Bed(レイズドガーデンベッド)のフレームを作ってくれて、ドリルやサーキュラーソーの使い方を教えてくれました。彼女なんでも自分でできます。親切で格好いいのです😆

石をどけながら少しずつガーデンベッドを増やしていきました。

2020年9月

2021年12月 随分雑草だらけです。

2021年10月 このセッティングで決まりとと思っていたのですが…

ヒューゲルカルチャーでやり直したいんですよねー。

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とりあえず一つ始めました。それは次回に。

 

 

ガイアは5次元の磁場に到着したんですって!


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私の波動が変わったのでしょうか?多分、自分が変わったからだとは思うのですが・・・

なんか町に出た時に会う人、うちに来る人、とにかく会う人がみんな優しいというか、幸せというか、いい波動なんですよ。前からずっと知っていた人達が前はそうではなかったという訳ではないんですけど、とにかくハズレがないのです。お店やスーパーのレジを打つ人も機嫌の良い人ばかりに当たります。あのワクチン証明のスキャンやらマスク規制があった頃が嘘のようです。少数ですがまだマスクをしている人はいるにはいるのですが、そういう人はあまり話さないですからね、マスクをせずやりとりがある人はみんなハッピーなオーラーが漂っているんです。

今週末はロングホリデーで月曜日もお休み。今日は長男くんの友達が9人うちに来て敷地内でキャンプをしています。今ここは冬ですのでね、明日の朝は予測-1℃(体感−3℃)ですよー😅。それでもずーっと天気が良くなかったのに今日は太陽が出ていて暖かかったです。長男くんの友達、キャンプ場のセッティングを手伝うと言ってひとり前日から泊まりに来るって言ってたのに、結局セルフインビテーションで次々現れ、最終的に4人来ましたよ😂。昨晩は狭い部屋に5人で雑魚寝していました。ついこないだまではコビット規制で色々うるさかったのに。変われば変わる物です。次男くんは部屋にこもってずっとオンラインゲームで自分の友達と遊んでいます。長女ちゃんは友達を連れて帰ってきてなんか弟のソーセージパーティに参加しているみたい。寒いのに・・😅。まぁみんなハッピーですかね。

(最後まで書きおえてUPしようとした瞬間に、長男くんが怒って落ち込んで家に戻ってきました。今年買ったばかりのいい斧を友達が折ってしまった。と。誰が壊したのかはわかりませんが、ティーンの男の子達ですからね、オーストラリア育ちですからね、細かい事は気にしないです。ごめんなさい。という気持ちもない子が多いです・・パパちょっと怒ってます😮‍💨私はこれだけで終わって感謝🙏という事にしておきます。)

私は、ガイアからのメッセージにものすごく反応します✨初めに貼り付けたようなBGMを聴きながら読んでいると、本当に5次元ガイアにいる気分になってしまう単純な私です。(とはいえ、ため息をつきたくなる悩み事もまだ現れるんですけどねー。)

ameblo.jp

軽い食事とたっぷりの水を飲むことが、身体の適応に役立ち、自分で生産した食品を食べるのも効果的だそうです。ビタミンを豊富に含む食品を食べることもお勧めするそうです。

水晶やミネラル、自然の中で過ごす事、水の中にいる事などが有効で、山歩きやガイアの自然の中で過ごす事はガイアの新しい地球システムと融合するための素晴らしい方法だという事です。

また下の方には、A'HO オーロラ・レイ 銀河連邦の大使からのメッセージもありまして、

最後のエゴの幻影を取り除く必要があります。光とつながっているあなたは、最後の影も取り除く必要があります。
最後のステップは、エゴを手放すことです。

エゴについて語られています。ここのところずっとエゴに向かい合っていますので、深く響きます。

 

「競争意識」が私たちを愛から遠のかせ、檻の中に閉じ込めるのでは?

前回のコンクールの話からの続きなんですが、本当に順位付とは嫌なものだなぁと思うのです。でもその順位付けがモチベーションになって練習に励めるというジレンマもあるんですよね。そうでないとTeenの男の子達はずっとオンラインゲームして遊んでしまうので・・😮‍💨

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「競争意識」について考えてみました。

私自身はあまりコンペティティブな性格ではないです。負けてもそれほどダメージを受けないです。一番にならなくても全然構わないです。だからといって、人間の器が大きく鷹揚な性格というわけではありません。むしろ正反対です。

負けても感情があまり乱れないのは、子供の頃、3学年上の兄が私より頭が良くて、スポーツや習い事もよくできたので、人生負けを認める所から始まっているせいだと思うのです。

けれど感情が乱れる苦手なパターンはあります。それは、それなりに頑張ってそれなりに成果が出ていると自分で思っている時に、認めてもらえないと、とても悲しくなるのです。これが私の弱みです。結構できていると思うのに、そうでもないと思える人と差がない。もしくは、それより下にされたり、後回しにされていると感じると不満に思ったり、落ち込んだりするのです。我ながら自分の嫌なところです。。エゴ全開です〜。

特別競争心が強くないと思っていても、結局は近い所で優劣を比べて、いい評価をされたいという気持ちがあるのですから、やっぱり競争意識に縛られているんですね。

どうしてそんなに評価されたいのでしょうか?ただ優越感を感じたいからでしょうか?

実際現代の社会を鑑みると、人より優れていてそれを認めてもらえれば、ランクがあがります。勝ち抜いて上へ上がれば上がるほどよい人生を送れると教育されてきたと思います。受験もそうだし、勝ち組、負け組という概念もそうですね。だから、勝ちたいという欲求、他人よりいい評価を得たいと望む事は、ただのエゴの肥大ではなく、もっと切実な生きぬくための必需品になっているのかもしれないです。それ程社会は人々に厳しくなっていて、競争に敗れると生活が立ちいかなくなる可能性もあるからです。競争意識を持たざるを得ない状況にさせられているのかもしれないです。

私のまわりには勉強もスポーツも音楽も何もかも、努力して、他人より抜きん出る事を重視している人が多いです。以前一人のお母さんが下級市民になりたいの?と発言してハッとしたことがあります。そんな考えがあるんだと。その言葉と考え方にショックを受けました。でも考えてみれば、私も子供に勉強しないと知らないよ!と言っています。無意識でしたが結局は同じ思考回路なのかもしれないです。でも人を蔑むような気持ちは持っていないつもりです。

世の中の大半の人達はラットレースをやらされています。長い間人間の社会の構造がそうなっていて、産業革命が始まってからそのラットレースの流れは加速していって「富裕層・中間層・貧困層」に分けられていきました。現在は「中間層」が喪失させられていって「富裕層と貧困層」という最終形に向かっていると私は考えています。

その事実を認識していようがしていまいが、人々は不安を感じているから安心感を求めて一生懸命競争をしているのだと思うのです。しかも人間を支配しやすいように意図的に競争させられる社会が巧妙に構築されています。それは愛とは反対の方向へ向っている意識存在によってなされています。

でも私たち人間の本来の姿、人間の求める欲求はそんな事ではないと信じているのです。このチャップリンの言葉の通りです。「人生は自由で美しい。私たちは皆、助け合いたいのだ。人間とはそういうものなんだ。お互いの幸福と寄り添いたいのだ・・」


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競争意識というものが、世界、国、社会、家庭、全ての人の心を愛から遠のかせ、檻の中に閉じ込めるものなのではないかなと思い至ったのです。

世界中の人々に自由意志と主権が保証されて、居心地の良い住環境、衣食住が確保されて、全ての人が快適な生活を送る事が可能になれば、安心感が生まれて心が満たされて、人と競争する必要がなくなります。お互いの幸福に寄り添うことができると思うのです。楽しいから、好きだからという理由だけで行動ができるようになると思うのです。

そして世界中が、何よりも一番に子供が愛されて大切にされるべきだということに気がつくはずなのです。子供達は全人類の宝なんですから。そんな世の中になれば悲しい事は起きないと私は強く信じているのです。

 

冒頭に、大抵の人は順位付けという動機がないとなかなか努力できないと書いたのですが、あぁ、気がつきましたよ💡

魂が喜ぶ楽しい事なら、そんなものがなくても、頑張れるんだ!

頑張るという意識もなく、好きだから、楽しいから、ただやりたいからやる!!

私は、そんな世界、新地球がすぐ近くまでやってきていると思っているのです✨✨✨

 

どのフルーツが一番優れているかなんて決める必要がないですよねー😆そして世界中の人が簡単に地元で自給自足できるようになる事を夢見ています。



子供の音楽のコンクールを終えて

この👇記事で、子供の音楽のコンクールがある事、今年は初めて兄弟対決になる葛藤を書きました。同じ先生に習っている音楽仲間全員にとって、年に一回の大きな行事です。みんな一年かけて練習して準備して挑むのです。ソロピース以外にもグループピースもあって、いくつものカテゴリーに出場するので、午前、午後、夜の部、一週間以上会場に通い続ける事になります。

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今年は突然、未接種者はリハーサルを含め全てのイベントへの参加、建物への入場が禁止され、精神的にとても嫌な気持ちにさせられました。けれどもその規制が2ヶ月で突然撤回されたりして、複雑な心境にさせられた年ではありました。その事は👇の記事に書きました。で、結局現在はまるでそんな出来事はなかったかの様にみんな振る舞っています。差別された私達にとってはメディカルハラスメントだったんですけどねー。しかも公に拒否った生徒家族はうちだけだったようで、当時は四面楚歌な気分でしたよ、本当に😮‍💨。

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さて、世の中の情勢、ニュース、喧騒から少し離れて、大好きな庭仕事もお休みして(実際天気が悪い上に寒すぎるからできないんですけどね。)2週間ほど子供のコンクールに集中していましたが、これがまた結局は自分の内面との対話になりました。前回書いた「自分のエゴの昇華」へのチャレンジでした。きっと振動周波数を上げていかなければいけないこの時期ですので、高次元からのプレゼントでしょう。いや〜、ワタクシまだまだエゴが渦巻いていますよ。実感させてもらいました〜。

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コンクールの間、自分の子供が出場したカテゴリーはもちろんの事、関係のないカテゴリーや、はたまた違う楽器の部門での勝敗の結果も聞こえてきます。毎年の事ですが、今回の審査員への不満や、順位への不平、大人や子供達のいろんな声が耳に入ってきます。心の中ではどうでもいいと思っていても、みんなの一生懸命な意見を否定はしたくありませんから、軽く同意して、でも音楽・アートは所詮主観の世界だからね、好みだからね、毎年評価が違うじゃん、仕方がないよ。と答えていました。

個人的な例えなんですけど、私は基本甘い物は好きではないです。みんな好みが違いますよね。ちなみに自分の作るほろ苦いブラウニーは好きです。それと自分では作れないポルトガルエッグタルトも好きです。どちらかを選べと言われてもその日の気分で違うし、どっちも好き。優劣なんてつける意味もない。またブラウニーだけで見ても、私は甘すぎると食べる事ができないですが、甘党の人にはほろ苦いのは美味しくないかもしれないです。好みに優劣なんてないですよね。

とはいえ、音楽の順位の結果に、何度か心の中がザワついた事も事実です。みんなそれぞれに頑張ってますからねー。ただそれが、さざ波で済まなかった出来事がありました。

それは兄弟対決になってしまったカテゴリーでの順位付けです。

結果がどうなるか?またその結果に長男くん次男くんがどう反応するか?正直緊張していました。

少し練習をサボっていた次男くん、ギリギリになって猛烈練習をはじめました。一方長男くんは、次男くんには負けたくない!と強い意志を見せ練習していました。

 

それで挑んだストリングセクション、グレード別チャンピョンシップでした。

 

次男くん:Im Walde Suite, Op. 50. No. 2, Gnomentanz by David Popper

長男くん:Violin Concerto No. 2 in D minor Op. 22 : II. Romance (Allegro non troppo)by Henryk Wieniawski 

 

音声ファイルの貼り付け、こちらの記事とても参考になりました!

www.hoshimiru.com

さて、私は母親バイアスがすごいですから、二人の演奏が一番好きなんです。音やタイミングをミスっちゃっても、次頑張ればいい!上手〜👏と思っています。そもそも音楽の難しい事は全然わからないですしね。

でも実際は、小さい町なんですが、他にたくさん上手なプレーヤーがいます!一緒に切磋琢磨できますから本当にありがたい事ですよ。それでも心の中では私の推し最高・尊い💕と思っていて、母親エゴ全開です🤣

そんな中で初めて、その推し二人を比べなければいけなくなったのが辛かったのです。曲調も全然違う、たった1曲で、どちらが優れたプレーヤーだと判断されるわけではない。という事を私は十分わかっています。息子達も理解していると思うのです。けれど長男くんのふたつ年下の次男くんには負けたくない!という気持ちもわかります。小さな町ですので、みんな知り合いですし、負けたら弟の方がベタープレイヤーと周りはジャッジしますからね。特にteenの友達なんてそうやってからかいますから。

 

そして挑んだ結果は・・・

 

100点満点のうち、95と94.5の0.5ポイント差で次男くんの評価が高かったのです。長男くん受賞の後、席に戻って悔し泣きしてしまいました。でも優しい女の子達に囲まれて慰められていましたよー😆。

そして次男くんはというと、彼は末っ子で普段は頼りないのですが、魂は一番肝が座っている。強気で攻める事に決めたようで、長男くんの金◯に軽くパンチを食らわせて、come on dude!って感じでおどけていました。同情の方が辛いですからね。

結局会場にいた先生や生徒、その家族みんな知り合いですからね、全員が複雑な気持ちで彼ら二人を見守っていました。暖かいコミュニティです。毎年色んなところから招かれる違う審査員達が、ここはみんな顔見知りのようでサポートしあっていて、スポーツマンシップを感じてとてもいいとコメントしていきます。多分、人口の多い都市で知らない人同士が対戦する張り詰めた雰囲気のコンクールとは反対なんだと思うのです。

夜の10時半ごろに帰ってきたのですが、長男くんはその後友達とオンラインゲームで遊んで、夜中の2時過ぎまでうるさかったです。楽しそうでした。

ハートブレイクなシーンもあったのですが、周りの価値判断による評価に心を揺らすのではなく、自分の魂のきらめきにフォーカスする。中心を自分に置くという段階へ、階段を一つ上がりたいのですから、とってもいい経験、練習になりました!

 

競争意識とエゴについて、なんとなく思いをまとめたくなりました。それは次回に。

 

次男くんのチェロ、今年の1月にようやくフルサイズ(大人サイズ)になりました。グランパとグランマが買ってくれました。感謝✨(同時にワク接種を強く勧められたけど🤮)

 

「エゴを昇華した澄み切った心」と「真実を見据える心の強さ」エベレストのような高さに思えます。


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このPiano Trioのグループ、どんな方達なのか全く存じ上げないのですが、音色が美しくて心の琴線に触れました。

今朝気が付いたことをここに記録しておこうと思います。

最近あまり太陽がでていません。太陽の暖かさがどれほど心を暖めてくれるものなのかを実感しています。特にここは今は冬ですのでね。曇りの合間に顔を出してくれるだけでどれだけ思考にインスピレーションを与えてくれるのか驚くほど実感しています。ヒラメキと安心感、そして勇気がやってくるのです。

でも数年間、晴天が続き、生活飲料水も枯渇し、カラカラに干からびた土も経験しているので、雨と曇りにも感謝しかないのですよ。こうやって自然の中で生命と向き合って暮らしていると、自然への畏敬と感謝の念しか生まれてこないです。

さて、ここから、今朝太陽が出ている間に思いついた事を書きたいと思います。

私自身は政治や宗教団体に属していないですし、過去にも属した事もないです。そして今、誰かの意見を聞く際に、どの団体に属している、属していない等のバイアスを持って判断する事をやめました。それはこのプランデミックによる混乱の中にいてそう思ったのです。もちろんグループによる傾向はあると思います。でももう国も宗教も文化も政治的信念も全部関係がないと思うに至ったのです。ついでにこれまでの評価基準による頭脳の良さ悪さも判断基準ではなくなりました。そしてサムシング・グレート、神、宇宙の根源、自然を否定する人の意見は取り入れないようになりました。

今の判断基準は、心眼を持っているかどうかという事です。心眼を持つには「エゴを昇華した澄み切った心」と「真実を見据える心の強さ」が必要です。自分はそこを目指したいです。エゴの昇華は本当に厳しいです。究極全てが自分のせいなのです。そしていかなる依存心も優越感も持たない事なのです。まるでマウント・エベレストに登るようだなぁとしみじみと思いました。でも人間登ってますもんね!

私はいろんな人の発信をフォローしています。それを自分の思考への参考にしています。でも決して妄信はしません。その時その瞬間の発信内容にコミットします。その人やその存在にはコミットしません。いつでもフラットな心で、自分に軸をおいてピポットするだけです。情報の根底に魂のきらめきを起こさせる物があるか?太陽のような暖かさを感じるか?それだけです。共感する事は取り入れる。共感できない時、わからない事はただ保留にするだけです。ジャッジはしないです。だってできないですからね。

今朝心に響いた情報を自分のために貼り付けておきます。

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柿の木を植えました🪴

Ichikikei Jiro という品種だそうです。

Diospyros Non Astringent Persimmon (渋柿ではありません)

「次郎」から生まれた品種の様です。他の品種より少し小さめで種無しで熟する家庭菜園向きだそうです。摂氏-17度まで耐えられるそうです。

jftnurseries.com.au

ローカルの園芸店で購入したのですが、柿の木は$65で他の木より高いので、失敗できない😆と手が出なかったのですが、今は$106になっていましたよー。物価の上がり方が半端ない。チャレンジする事にしました。頑張ります!

しかし、ここ2週間ほど天気が良くなくて庭仕事ができなかったのですが、待っているうちに葉っぱがひとつ残らず落ちてしまいました。しかもまだ枝が全くないので、棒1本です。これじゃぁ何年かかるかな??この写真じゃ添え木しか見えない😅

 

 

分離させるものではなく、繋げるものに感謝しましょう。

昨日オーストラリアの2022年連邦選挙があって結果が出ました。選挙の仕組みって難しいし、選挙権は持ってないですし、何も語るような知識も持ち合わせていませんが、スコット・モリソン退陣は嬉しいニュースです。ただ労働党の勝利には驚きました。アンソニー・アルバネーゼ、31代目首相ですって。とにかくVICのサイコパス「独裁者ダン」のようにならないように願います。

フリーダムファイターの関心は、メジャー政党以外がどれほど議席が取れるかだったと思うのです。👇これはどうみたらいいのかしら?10%を超えています。応援していたグループがどうなったかみてみようと普段はあまり目を通さないメインストリームの方の情報にアクセスすると、私が応援しているような人々を反ワク、陰謀論、極右グループとバカにして嘲笑っている発言ばかりが出てきて朝から嫌な気分になりました。独立系と言われる政党の候補者には気候変動を訴えて支持された人々も多いはずなので、それはそれであちら側なんですよね。選挙による国の変革は無理なんでしょうね。きっと。

With Anthony Albanese at the helm, Labor is projected to win 2022 federal election - ABC News

 

でもね、希望は捨てないですよ、もちろん。


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Taraさんの語り口に癒されます。

地球にいるみなさん、今まで以上に

私たちは団結しなければなりません

今、私たちを分離させるものではなく

私たちを繋げるものに感謝しましょう

今まで以上にあなたの考えと行動が、この宇宙に

さらにはマルチバース(多元宇宙)に存在する素晴らしい力によって動かされるように

その強力な力は全てを一つにします

「愛」愛が物質の原子をつなげる周波数です

これが、創造された宇宙のウェブが一つになる周波数です

愛より高い周波数は存在しません

愛はポータルを開き、そして愛はあなたの心のポータルから来たものです

ご自身の内側に心穏やかに注意を向けることをお勧めします

あなたを穏やかにしてくれるものを心に保持して、なぜならば

あなたが心穏やかであればあなたはとても強くなれるのです

 

✨感謝✨

3月の話です。音楽の先生のおかげで非接種のVictory。感謝🙏

前回、息子君たちの弦楽器の個人レッスンの先生について書きました。

junkannosekai.hatenablog.com

それで思い出しました。Term1(1学期)が始まる直前の1月下旬に、子供達が参加している音楽学校から突然通知が来たのです。「ワク未接種者は参加を禁止にします。」と。NSW州は12歳以上は強制になった事もなく、すでに16歳以上の大人も基本解除されているというのに。音楽学校が主催するオーケストラ、ミュージックキャンプ、コンクール、マスタークラス全部です。数週間前に払ってしまった年会費は返金もされないのです。大人の未接種者も建物に入る事も禁止です。2学期からは5歳以上にもその義務を課すと書いてありました。腹が立ちましたね。でもそんな無知なのに傲慢な集団に自分達の健康を犠牲に捧げるつもりはさらさらありませんでした。

そうして非接種を貫いていたら、前述の弦楽器の個人レッスンの先生が「こんなにいろんな事を犠牲にして、接種を拒むのはどんな懸念を持っているか興味がある。」と聞いてきてくれたのです。びっくりしました😳。彼女はちゃんとブースターまで打っていて「あなたはワクのリスクがあるというけど、ウィルスのリスクがあるのよ。」とこれまで私に伝えていました。どう転ぶかわからないけど、意見を聞きたいという人が突然現れたのです!いつものようにジャンク情報って処理されてしまうのかわからないのですが、トライしてみます。数日かけて、完成させて、メールしました。変化が出るのか出ないのか?悪化するのか好転するのか?長いスタンスで様子を見ようと思います。と2月に書いていました。

junkannosekai.hatenablog.com

その続きを書いていませんでしたが、その後先生が味方してくれたんですよ🥲。そのおかげで接種義務の条件が解除されたのです。

先生へのメールには、私が持つ精神的価値観から私が感じる懸念、メディアが決して報じないサイドの科学者の報告いろいろ提示しました。

その次のレッスンの日は先生少し機嫌が悪くイライラしていました。メールの件については一切触れませんでした。でも数週間したらなんか和らいできたんです。そうしたら先生がこんなメールを音楽学校に出した。と転送してくれたのです。この町に音楽関係者でたった一人非接種を貫いている個人レッスンのピアノの先生がいたのですが、その先生と一緒に音楽学校に抗議のメールをしてくれていたのです。その後、速攻音楽学校から「接種証明の提示義務を解除します」とその理由を提示する事なく関係者全員に通知が届きました。先生達のアプローチが成功したのです!3月14日の事でした。私の目の前で物事が劇的に変わった初めての出来事でした。

5月20日現在、世界に大きな変化がやってくる兆しを感じています。世の中は数ヶ月前までの未接種者への差別なんてなかったかのように振る舞っています。だって今は接種者たちのコロ感染がすごいですからね。

ここに先生二人の抗議のメールを日本語に翻訳して記録として残しておこうと思います。もちろんこんな抗議が再度必要になる事はないと信じていますけどね。

まずピアノの先生がイニシアティブを取ってくれました。Eisteddfodとはコンクールのことです。

親愛なる会長へ

このたび、5歳以上の子どもたちにコビドワクチンの接種を義務づけ、Eisteddfodに参加させようとしていることに、失望と衝撃を覚えています。 政府がこれを義務づけていないことを考えると、誰のアドバイスでこの決定がなされたのか疑問です。 幼い子どもへのワクチン接種は、その子の病歴を知る家庭医とよく相談して、親が決めるべきことだろう。 

現時点では、予防接種はまだ試行段階であり、義務化によって起こりうる副反応に責任を持つ覚悟があるのかどうか、疑問に思っています。 最近、英国議会で撮影された簡単なビデオを添付します。このビデオでは、英国でコビド・ワクチンの重篤な反応や死亡によって影響を受けた家族が1万人をはるかに超えていることを、演説者が認めています。

https://brandnewtube.com/watch/here-it-is-guys-what-we-have-all-been-waiting-for-straight-from-the-horses-mouth_Bn5diaj77cX6lYA.html

イギリスとヨーロッパは、オーストラリアより何ヶ月も先にワクチンのプロセスを開始しており、その結果を注意深く見守る必要があると思います。 リスクとベネフィットを比較検討することは必要ですが、効果が限定的な薬剤を強制的に投与し、子どもたちの健康や命を危険にさらすことは倫理的に許されないと思います。 ご承知のように、ワクチン接種は感染を防ぐものではなく、多くの場合、重症化も防ぐことができません。これは、世界中の病院で2回、3回のワク接種を受けた人々が重症化していることで証明されています。 それなのに、なぜ地元の重要な文化行事でこのような医療差別を行うのか、不思議でなりません。

個人的なことですが、私の甥っ子(以前は体格の良い建築家、スポーツ選手)は、ファイザー社の注射を初めて打って以来、心筋炎(心臓の炎症)で入退院を繰り返しています。 完全に回復するかどうかは不明です。私の19歳の息子も、非常に健康で何の前病もなかったのですが、2回目の注射の後、血圧が心停止寸前のレベル(160台後半)になり、血糖値も危険なほど低くなって医療機関を受診しています。 これらは決して孤立したケースではないのです。

  私が言いたいのは、若い人は特にリスクが高いということであり、どんな子供にもワクチンを義務づけるという姿勢を再考してほしいということです。

ありがとうございました。

ピアノの先生の名前

そして私達の弦楽器の先生が援護射撃のメールを送ってくれた様です。

Eisteddfodの会長と委員会の皆様へ。

私はダブルワクチンでブーストもしていますが、2022年Eisteddfod委員会のワクチン接種義務に関する”ピアノの先生の名前”の調査を支持したいと思います。

ワクチン接種で感染は防げないのに、Eisteddfodのワクチン接種義務化の目的は何なのでしょうか?
もし、参加者や観客がコビドに感染した場合の訴訟を防ぐためであれば、弁護士に依頼して、この事態を免責する条項を規則や条件に盛り込むことができるはずです。

例えば

規約と条件(Eisteddfodに参加する子供たちをオンラインで登録する際に、ウェブサイトに掲載することができます。)
私は、2022年のEisteddfodの準備、参加、出席に伴う、私自身、近親者、ゲストに対するCoVid-19と最新の変異体に関するあらゆる健康リスクについて、全責任を負います。


利用規約(1.Eisteddfodのプログラム、2.入口での掲示、3.プログラム&チケットテーブルの掲示に掲載可能)
あらゆる合理的な措置が講じられていますが、参加者および観客は、2022年Eisteddfodに参加する際、CoVid-19およびすべての最新バージョンに関するあらゆる健康被害について、全責任を負うことを入場条件とします。

近隣タウン1、近隣タウン2、そしてシドニーの各Eisteddfodには、このような予防接種の要件はありません。

会長と委員会の皆様には、2022年のEisteddfodで5歳以上の子供のワクチン接種を義務付けることについて、再考していただくようお願いいたします。
少なくともあと11のエントリーがあるので、3月18日(金)の登録締切日までに変更があれば、できるだけ早くお知らせください。

www.DeepL.com/Translator(無料版)で翻訳しました。

先生達の頭脳の勝利でした✌️

才能の話。

息子二人は弦楽器を習っています。私はクラシック音楽に縁も興味もない人生を送ってきましたが、音楽をとても大切にしている義理の両親の強い勧めで子供達は幼い頃から楽器を始めました。娘はフルートを習っていたのですが今はストップしています。またいつか「好き」で始めれば楽しいだろうなと思っています。息子たちの方は、とても一途で一生懸命でストイックな先生に出会った事によって、その先生は親の私にとってもメンターとなり、その指導のもと、音楽だけではなく人生勉強もさせてもらっています。

始めた頃の息子くん達

さて、そのストイックな先生はきちんと正確に弾ける事、音楽の知識を含めて課題をこなす事、全てにおいて計画をたて、準備を進めて、結果を出すという事に情熱120%です。彼女の生徒へのゴールは試験にA+で合格する事なんです。そして次のグレードへ進むので終わりはありません。自分の中の最高を引き出すためには準備が大切です。予定を立ててスケジュール通りに練習する事、勉強する事。彼女の育った環境は世界の舞台でソロで活躍しているミュージシャン達の世界です。彼女のマインドセットからそのレベルのミュージシャンになるような人達のバッググランドを垣間見る事ができます。毎朝4時に目が覚めるそうですが、小さい時から毎日学校に行く前に練習していたからなんだそうです。

そんな先生は、必ず生徒をコンクールに出させます。(まぁ小さな町なんですが、意外にも音楽人口が多いのです。)先生は、競争・ランク付には価値をおいていないのですが、審査員からの講評をもらうためなのです。その講評は自分を次のレベルへ上げるために貴重なものなのです。練習して準備して人前で弾く事。技術だけではなく精神面での鍛錬でもあり、全て自分の内面との戦いです。

でも今年初めて、コンクールにモヤモヤしているのでここに書いています。私達もコンクールの順位には注意を払っていません。払わない様にしています。時々いい結果も出るし、時々がっかりする結果もあるという感じで、心をフラットに持つ様に心がけています。今年で9回目になります。

長男君と次男君、バイオリンとチェロで違う楽器なのですが、今年初めてひとつだけ同じカテゴリーに出場する事になりました。次男君技術の習得が少し早いのです。いくら順位を気にしないと言っていても、流石に兄弟に順位をつけるのは嫌だなと思ったのです。長男君はとても繊細な綺麗な音色を出すのです。でもトリッキーな箇所をミスしやすいんです。緊張しちゃうし。でも次男君はトリッキーなところも結構弾きこなしてしまうんです。音色は年下な分まだ少し雑な部分もあるんですけど。親としてはどちらの演奏も大好きで甲乙なんてつけられないのです。毎年見ていて審査員によって音楽に求める優先順位は違うし、その時のピースによって、その時のモーメントによって、どんな評価になるのかは当の審査員にすらわからないと言います。ただ長男君年上な分、弟に負けてしまったら、傷つくかな?と心配してしまうのです。先生は順位なんて意味がないからエントリーしてくださいといいます。僕たちは気にしないよ、と二人はフラットな様子です。私達家族は順位にはフォーカスしないで8年きましたからね。ここで私が気にしすぎてエントリーしないのは、逆に本当は順位を気にしているという事になるんだなぁと思いエントリーしました。

面白いです。こうやって考えてみると、同じ先生から習っている家族でもそれぞれスタンスが違うんです。やっぱり結果をものすごく気にする家族もいます。プロを目指すとても上手な子供達がいる家族は最近はコンクールに出るのをやめてしまっています。その家族が兄弟姉妹対決をさせているのを見たことがないです。

コンクールは2週間後です。うちの長男次男君結構仲がいいです。次男君は私の心を読んでいると思う。今年は練習しないです。半分反抗期もあるけど、そのフリをしながら長男君に遠慮してると思うのです。

 

そんなモヤモヤした気持ちでいたところ、庭で作業中にまたまた自動再生で中村咲太さんのこの動画が始まりました。ハイヤーセルフからのメッセージだと思いました。なので自分のためにまとめさせてもらいます。オリジナルの動画のメッセージを聞く事ををお勧めします。


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抜粋・要約です。

龍神様からのメッセージの中で、

「才能について」

才能というものは、人と比べて秀でるためのものではないのですよ。自分の中の輝きを思い出していくためにあるんですよ。才能のあるものを探そうとする時に、”人と比べて秀でているもの”を探そうという角度が、地球にはあった。人と比べて秀でているものという見方で探しても、才能というものは見つからないんですよ。才能というものを見つけるには、シンプルに”好き”という気持ちと向き合い続けてください。人と比べて秀でるというものは置いておいて、好きな事、好きな物と向き合う事。そうすると、自分の中の輝き、キラキラというものがたくさん復活する事になるのです。自分の好きに一致していく事によって、才能を活かして生きるフィールドへと移行していく。

龍神の言う才能とは、自分の中の輝きが才能と繋がっている。例えば音楽の才能。人ができないようなピアノの演奏ができることが才能なのかというと、今までの時代はそうだったかもしれないけど、才能というのはいうのは輝きだから、人よりも秀でたピアノを弾いている時にその人が自分の輝きを発見していなければ、つまり古い生き方をしながら、人より秀でた能力を持っているだけでは、自分の中の本質の輝きに触れる事はない。それは才能なのではなく特技なんだそうです。別に特技が悪いと言っているのではないですよ。

才能というのは、それと向き合っていると自分の中の輝きが増してきて、あっ私って光そのものなんだなと気づきが発生するものが才能なんですって。それを脇に置いて人よりすごい事をやっていたとしても、それは特技なんですって。例えなんですけど、現時点で人より秀でているものが現れていなかったとしても、それでもその人が好きなことと向き合う事によって自分が光、輝きということをピュアに思い出していけるのならそれは才能。

人と比べて秀でているものを探すということは特技を探すことにたどり着く。才能とは自分が自分の輝きを本当に思い出していく生き方に必要なツールです。これを見つけていきたいのであればまず人と比べる習慣をやめていく必要がある。自分が光だという事、輝く自分を思い出してしまう程の好きが才能の産物。「好き」とどこまでも向き合う。その意識のベクトルを大事にしてください。龍神、宇宙の性質を使った上昇というものと自然とリンクして、自然とマッチしてきて共鳴が起こる。

「才能を遠ざけるもの」

人と比べること。人と比べて秀でているものを探している間は、才能に出会わない。才能というのは好きとか愛とか自由の中で育つもの

子供の頃から自分に何が向いているか知っている人もいる。人と比べて秀でていた。そういう人もいると思います。大人になってもそういうものが見つからないと自分には才能がないと思ってしまうかもしれません。でも得意な事、向いている事と物理的に出会うのが早い遅いに優劣はないですよ。

これからの時代は早く出会いやすい面はあるけど、早いからいいというわけではないですよ。好きとか愛とか自由の中で育てて行くもの早く見つけるのが大事というわけではないです。

好きというものと向きあっていると意識が解放されていく。自分の輝きを思い出していく。古い周波数の上昇ではなく、才能、宇宙クリエーションを大切にした性質をサポートしていきます。宇宙クリエーション、宇宙の性質とは、行動とか選択とかあり方は自分のうちなる宇宙に全て繋がっていきます。自分の宇宙意識に繋がったものは、何倍にもなって自分に返って来るものだという事を覚えていてください。

注意点は、自分にとって大事だと思う行動とか選択とかあり方を日々大切にしていると、返って来るときに「いいもの」が返って来るようにと執着していると片手しか出してない事になる。

どんなものであれ、私はまず認める事ができる。自分にとっていい悪いのジャッジや判断ではなく、まずは自分の内なる宇宙が、現実レベルで起こしていくことを、現実レベルでも認める事ができる。一時的にあれっと思うことであっても、それを認める事ができる。認めた上で私にとって最善な選択や行動を選んでやっていると、両手を差し出す事になる。

いい事だけ。とやっていると片手だけ。どんな事でも一度受けいられる器があるよやっているとそれは両手。そうやって両手を出す事によって、自分の内なる宇宙でクリエーションされたことが現実を通して自分に返ってきたりする。両手を出していれば大きくキャッチできる。自分のうちなる宇宙でのクリエーションをもっと導いていける事になる。

得意ということはすごいいいことなんだよ。だけど人と秀でる事だけを大事にしていると、自分の輝きを思い出す事が起こらないんだよね。輝きというものを収縮していると、人より秀でているだけになるでしょう、それって独りよがりになってしまう事がある。

”好き”というものとどこまでも向き合っていく人生って、自分の中の輝きを本当に思い出す事につながる。地球レベルで人と比べて秀でているものが今見えてなかったとしても。好きと向き合っている人は、必ず輝きを見つけます。自分の中の輝きを知ります。そしてそのプロセスすらもキラキラします。そんなプロセスを生きている人からは、すごく愛と調和のエネルギーが必ず出るのね。

人と比べて秀でて特技ってやっている時よりも、それを一旦置いておいて、自分の好きと向き合おうとキラキラしている時の方が実は、人の喜びを引き出していく事につながったりする。特技を使って人と秀でている事に拘って生きるよりも、自分の好きを大事にしてキラキラ生きる方が、いろんな人たちと歓びを共有する人生に必ずなるよ。

書き出してみて、モヤモヤがスッキリしました。人と比べる事は本当にやめないといけないですね。私よくやってしまうみたいで、子供たちに言われます。順位や勝敗は気にしないのですが、つい日本の悪い癖で、他の子供を褒めて、自分の子供をけなしてしまうのです。「比べない・優劣もない」壁に貼っておかないといけないですね。

コンクールはやっぱり優劣を判断するために出るのではないのでポジティブに見守ります。

それよりも二人の中に音楽を奏でる楽しさ、自分の表現や音色を探す楽しさ、そして技術を磨く練習、努力からくる達成感、全てを合わせて、キラキラを見つけ出せるように話ができるように、このスタンスをしっかりと心に刻もうと思いました。

そして私の中にキラキラを今発見しましたよ!子供達はスズキメソッドで始めたので、親もレッスンに一緒に参加して、練習もみます。先生・生徒・親の三位一体なのです。スズキではなくなった今でも先生の方針で、毎週一緒にレッスンに入ってメモを取っています。クラシック音楽が好きでもない私には結構苦痛でした。でもまぁそんな私でも10年以上聴き続けたらだんだん好きになってきて、その音楽にホッとする様になってきました。

で、これを書きながら、去年のコンクールでの二人のDuetのビデオを見ていたのですが、涙が出てきたのです。コンクールで何番だったとかどうでもいいのです。本当に。ただこれは私へのご褒美なんだなぁ。って。二人が一緒に弾いている姿、呼吸を合わせて演奏している様子を見ていたら、上手い下手ではなくて、私達ここまで一緒に頑張ってきたね〜〜〜。って。ただ好き💕って。✨歓喜✨が溢れ出しました。

 

Charles-Marie Widor Trio 4th movement Sérénade/Serenade Eisteddfod 2021

 

✨感謝✨