目醒めた世界へ 

想像してください。「自然と調和したテクノロジーが発達した世界」を「豊かさ」がもたらされ、地球に住むすべての人が「愛」で生きる事ができます。「平和」がやってきます。「自由と主権」が保障されます。そんな世界を作りたいのです!〜オーストラリア・ユーカリの森から〜

徒然に思うこと、愛

今日は少し小っ恥ずかしい思いを整理したくなりました。でも重要だよというメッセージが続けて送られてくる気がするので書いてみようと思います。今日のBGM。


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すべてが愛なんだなと思うのです。

人生いろいろありますが、生きる究極的な理由は、愛を体験して感じる事なんではないかと思っているのです。

 

以前、生のはざまで愛の感覚を深めるために、最高に美しいこの星へやってきたという想いが込み上げてきた事を書きました。悲喜こもごもの愛を体験するためにここに来た。だってワクチン強要の終わりを感じた時、神からもらった体のまま生きている事に感謝しましたから。生きた心地がしました。

junkannosekai.hatenablog.com

愛って、形はなんでもいいと思うのですよ。男女の愛、家族への愛が多くの人にとって身近なはずです。でも愛と憎しみは紙一重ですから、近すぎるが故に愛とは正反対に思える感情で苦しんでいる人も多いかもしれません。でもそれも愛かと。ペットへの深い穏やかな愛もいいですし、その対象が社会や芸能界にあっても、非現実の対象物でも、心が震えるような思いを感じれば、愛が深まるという事だと思うのです。

私なんて、感動的な動画や、映画やドラマ、小説や漫画など架空の物語の中でも、ドキドキしたり、胸が苦しくなったり、心が震えたりして愛を体験していると思っています。泣けて泣けて仕方ないものが大好物です。でも物語はハッピーエンドじゃないと嫌ですけどね!しかも私はとても単純ですので、好みのストーリーやキャラクターがあるとしばらくどっぷりハマってしまいます。プラス音楽で高揚感が増し増しになった状態でいるので、ドキドキの相乗効果がすごくて、勝手に一人盛り上がっているのです。現実の世界はいたって平常なんですけどねー。

そんな私の様子を「一人盛り上がってる。。」と家族は遠目に見ていますが、機嫌よく過ごしているからみんな文句は言いません。最近、長男次男くんの事も可愛くて仕方がないです。長女ちゃんとのゴシップ話も楽しいし。でも一番心底安堵を感じているのはこの数年間コロナ禍で散々バトってきた夫でしょうねー。私から闘争のオーラが消えただけではなく何やらご機嫌ですから。彼は相変わらず🐑なんですが、2020年から一度も自分の意見を押し付けたり人を責める事はしませんでした。私よりずっとできた人です。🐑ですけどネ。

私の方はコロナ禍でバトったおかげで、愛とは?エゴとは?という事を繰り返し考えさせられ、正義や正当性の押し付けを繰り返していた自分を省みる事ができるようになったと思います。

緊張がとけて、一息ついたら、喜び楽しさ遊びを感じる事を自分に許可できるようになって、すべてが気づきを得るためのありがたい機会だったと思えるようになりました。

世界を見渡せば、3次元的に見て代償は大きいです。でもこの一連の出来事は誰のせいにもできない、究極、自由意志の自己責任の一人一人のスピリチュアルテストだったんだと思うのです。自分の意志で自分の道を選ぶ。どんな状況や立場だったとしても。人と比べたり、他を責めている間は見えてこないのです。そもそもこれはスピリチュアルジャーニーなのだから選んだ全ての道が魂的には正解なんですよね。きっと。

目の前の人だけではなく、世の中を眺めても、愛なんだなって思うのです。

情報を発信したり、行動を起こしている人々は、たとえ意見に相違があっても、愛があるのです。だって他の人も助けたいという気持ちで自分の時間を割いて行っているのですから。

ただ、私利私欲のための自己利益や自己顕示欲や自己実現、ナルシストというエゴが動機になっている場合もあるので、そこは心眼でより分ける必要がありますが。

この言動の動機は大我か小我か?ここ大事です。つまらないプライドに固執して見解の修正ができない事があったとしたら、それは小我がまだ勝っているという事ですよね。自分自身も謙虚にフレキシブルに決めつける事なくいきたいと思うし、そういうスタンスで発信をしている人の情報に惹かれます。

だからこそ、世の中にいる、気がついていて、頭のいい、勇気のある人達が、見解の違いにフォーカスして正当性や正義を振りかざして対立するのではなく、真実を一緒に精査しながら探求していくようになる事を願わずにいられないです。動機は愛なんだから。。と思うのです。

愛については、愛は喜び、歓喜だとマドモアゼル・愛先生が説明していました。私はその解釈がとっても好きです。それと公開動画ではないところで「恋愛」について生きる本能と直結したとても大切で必須な感情だという事を力説されていて、目から鱗が落ちるような感覚で聞きました。だって恋愛というと溺れるとか、うつつすを抜かすとか、ちょっと恥ずかしい、下に見る感覚があったからです。もしくはパートナーを探すステージにいる人のための感情みたいな。

そこでね、前回最後に載せた”遺伝子スイッチ” 幸福感や笑いが遺伝子スイッチをONにするという話なんですが、私はとても単細胞なので飛躍してしまうのですが、恋愛スイッチもそうではないかと思ったのです。実際、音楽を聴いてドキドキしたり、恋愛ものを観てキュンキュンするだけでハッピーになりますから。無償の愛というとちょっと高尚なところに行ってしまうのでハードルが高く感じるのですが、手っ取り早く漫画を読むだけでも、恋愛スイッチがONになって、幸せになって遺伝子スイッチがONになるのではないかと思ったのです。

だって実際、ドキドキ、キュンキュンしていると毎日楽しいです。ついでに夫にも優しくなれます。そういうところ女性の方が生きるのが簡単かもしれないですね。おしゃべりすれば気もすぐに紛れるし。

一方、夫が観ているものからは、ボェェェェー、ギギギギッ、ガシャーーーン、バァーーーン、ガガガガガガ、グシャ、ウォぉぉーーとか、グロテスクで暴力的で破壊的な緊張感のある音ばかり聞こえてくるので、私のキュンキュンしている世界とは正反対の所にいるようです。まぁそれでリラックスできているのでしょうからいいのでしょうね。男性的な人は心のひだに触れられるのは嫌がりますしね、だってそんな夫が一人恋愛映画を見ながら泣いていたら、それはそれでマジ怖いので、いいです。今のままでいてください。と思います。

以前のピロさんのチャネリングの言葉も心に残っています。「無条件の愛」難しく考える事もないかもしれないですね。

私達が日常で喜怒哀楽のドラマを繰り返してる中で、
ふと子供を愛しく思ったり、
風と緑が気持ちよいと思ったり、
といったようなのが「無条件の愛」のエネルギー。