目醒めた世界へ

ユーカリの森に暮らしています。自然の恵みに感謝して、ここにある全てと調和して循環しながら共生できたら素敵だと思うのです。 森羅万象を感じて行動する世界へ

才能の話。

息子二人は弦楽器を習っています。私はクラシック音楽に縁も興味もない人生を送ってきましたが、音楽をとても大切にしている義理の両親の強い勧めで子供達は幼い頃から楽器を始めました。娘はフルートを習っていたのですが今はストップしています。またいつか「好き」で始めれば楽しいだろうなと思っています。息子たちの方は、とても一途で一生懸命でストイックな先生に出会った事によって、その先生は親の私にとってもメンターとなり、その指導のもと、音楽だけではなく人生勉強もさせてもらっています。

始めた頃の息子くん達

さて、そのストイックな先生はきちんと正確に弾ける事、音楽の知識を含めて課題をこなす事、全てにおいて計画をたて、準備を進めて、結果を出すという事に情熱120%です。彼女の生徒へのゴールは試験にA+で合格する事なんです。そして次のグレードへ進むので終わりはありません。自分の中の最高を引き出すためには準備が大切です。予定を立ててスケジュール通りに練習する事、勉強する事。彼女の育った環境は世界の舞台でソロで活躍しているミュージシャン達の世界です。彼女のマインドセットからそのレベルのミュージシャンになるような人達のバッググランドを垣間見る事ができます。毎朝4時に目が覚めるそうですが、小さい時から毎日学校に行く前に練習していたからなんだそうです。

そんな先生は、必ず生徒をコンクールに出させます。(まぁ小さな町なんですが、意外にも音楽人口が多いのです。)先生は、競争・ランク付には価値をおいていないのですが、審査員からの講評をもらうためなのです。その講評は自分を次のレベルへ上げるために貴重なものなのです。練習して準備して人前で弾く事。技術だけではなく精神面での鍛錬でもあり、全て自分の内面との戦いです。

でも今年初めて、コンクールにモヤモヤしているのでここに書いています。私達もコンクールの順位には注意を払っていません。払わない様にしています。時々いい結果も出るし、時々がっかりする結果もあるという感じで、心をフラットに持つ様に心がけています。今年で9回目になります。

長男君と次男君、バイオリンとチェロで違う楽器なのですが、今年初めてひとつだけ同じカテゴリーに出場する事になりました。次男君技術の習得が少し早いのです。いくら順位を気にしないと言っていても、流石に兄弟に順位をつけるのは嫌だなと思ったのです。長男君はとても繊細な綺麗な音色を出すのです。でもトリッキーな箇所をミスしやすいんです。緊張しちゃうし。でも次男君はトリッキーなところも結構弾きこなしてしまうんです。音色は年下な分まだ少し雑な部分もあるんですけど。親としてはどちらの演奏も大好きで甲乙なんてつけられないのです。毎年見ていて審査員によって音楽に求める優先順位は違うし、その時のピースによって、その時のモーメントによって、どんな評価になるのかは当の審査員にすらわからないと言います。ただ長男君年上な分、弟に負けてしまったら、傷つくかな?と心配してしまうのです。先生は順位なんて意味がないからエントリーしてくださいといいます。僕たちは気にしないよ、と二人はフラットな様子です。私達家族は順位にはフォーカスしないで8年きましたからね。ここで私が気にしすぎてエントリーしないのは、逆に本当は順位を気にしているという事になるんだなぁと思いエントリーしました。

面白いです。こうやって考えてみると、同じ先生から習っている家族でもそれぞれスタンスが違うんです。やっぱり結果をものすごく気にする家族もいます。プロを目指すとても上手な子供達がいる家族は最近はコンクールに出るのをやめてしまっています。その家族が兄弟姉妹対決をさせているのを見たことがないです。

コンクールは2週間後です。うちの長男次男君結構仲がいいです。次男君は私の心を読んでいると思う。今年は練習しないです。半分反抗期もあるけど、そのフリをしながら長男君に遠慮してると思うのです。

 

そんなモヤモヤした気持ちでいたところ、庭で作業中にまたまた自動再生で中村咲太さんのこの動画が始まりました。ハイヤーセルフからのメッセージだと思いました。なので自分のためにまとめさせてもらいます。オリジナルの動画のメッセージを聞く事ををお勧めします。


www.youtube.com

抜粋・要約です。

龍神様からのメッセージの中で、

「才能について」

才能というものは、人と比べて秀でるためのものではないのですよ。自分の中の輝きを思い出していくためにあるんですよ。才能のあるものを探そうとする時に、”人と比べて秀でているもの”を探そうという角度が、地球にはあった。人と比べて秀でているものという見方で探しても、才能というものは見つからないんですよ。才能というものを見つけるには、シンプルに”好き”という気持ちと向き合い続けてください。人と比べて秀でるというものは置いておいて、好きな事、好きな物と向き合う事。そうすると、自分の中の輝き、キラキラというものがたくさん復活する事になるのです。自分の好きに一致していく事によって、才能を活かして生きるフィールドへと移行していく。

龍神の言う才能とは、自分の中の輝きが才能と繋がっている。例えば音楽の才能。人ができないようなピアノの演奏ができることが才能なのかというと、今までの時代はそうだったかもしれないけど、才能というのはいうのは輝きだから、人よりも秀でたピアノを弾いている時にその人が自分の輝きを発見していなければ、つまり古い生き方をしながら、人より秀でた能力を持っているだけでは、自分の中の本質の輝きに触れる事はない。それは才能なのではなく特技なんだそうです。別に特技が悪いと言っているのではないですよ。

才能というのは、それと向き合っていると自分の中の輝きが増してきて、あっ私って光そのものなんだなと気づきが発生するものが才能なんですって。それを脇に置いて人よりすごい事をやっていたとしても、それは特技なんですって。例えなんですけど、現時点で人より秀でているものが現れていなかったとしても、それでもその人が好きなことと向き合う事によって自分が光、輝きということをピュアに思い出していけるのならそれは才能。

人と比べて秀でているものを探すということは特技を探すことにたどり着く。才能とは自分が自分の輝きを本当に思い出していく生き方に必要なツールです。これを見つけていきたいのであればまず人と比べる習慣をやめていく必要がある。自分が光だという事、輝く自分を思い出してしまう程の好きが才能の産物。「好き」とどこまでも向き合う。その意識のベクトルを大事にしてください。龍神、宇宙の性質を使った上昇というものと自然とリンクして、自然とマッチしてきて共鳴が起こる。

「才能を遠ざけるもの」

人と比べること。人と比べて秀でているものを探している間は、才能に出会わない。才能というのは好きとか愛とか自由の中で育つもの

子供の頃から自分に何が向いているか知っている人もいる。人と比べて秀でていた。そういう人もいると思います。大人になってもそういうものが見つからないと自分には才能がないと思ってしまうかもしれません。でも得意な事、向いている事と物理的に出会うのが早い遅いに優劣はないですよ。

これからの時代は早く出会いやすい面はあるけど、早いからいいというわけではないですよ。好きとか愛とか自由の中で育てて行くもの早く見つけるのが大事というわけではないです。

好きというものと向きあっていると意識が解放されていく。自分の輝きを思い出していく。古い周波数の上昇ではなく、才能、宇宙クリエーションを大切にした性質をサポートしていきます。宇宙クリエーション、宇宙の性質とは、行動とか選択とかあり方は自分のうちなる宇宙に全て繋がっていきます。自分の宇宙意識に繋がったものは、何倍にもなって自分に返って来るものだという事を覚えていてください。

注意点は、自分にとって大事だと思う行動とか選択とかあり方を日々大切にしていると、返って来るときに「いいもの」が返って来るようにと執着していると片手しか出してない事になる。

どんなものであれ、私はまず認める事ができる。自分にとっていい悪いのジャッジや判断ではなく、まずは自分の内なる宇宙が、現実レベルで起こしていくことを、現実レベルでも認める事ができる。一時的にあれっと思うことであっても、それを認める事ができる。認めた上で私にとって最善な選択や行動を選んでやっていると、両手を差し出す事になる。

いい事だけ。とやっていると片手だけ。どんな事でも一度受けいられる器があるよやっているとそれは両手。そうやって両手を出す事によって、自分の内なる宇宙でクリエーションされたことが現実を通して自分に返ってきたりする。両手を出していれば大きくキャッチできる。自分のうちなる宇宙でのクリエーションをもっと導いていける事になる。

得意ということはすごいいいことなんだよ。だけど人と秀でる事だけを大事にしていると、自分の輝きを思い出す事が起こらないんだよね。輝きというものを収縮していると、人より秀でているだけになるでしょう、それって独りよがりになってしまう事がある。

”好き”というものとどこまでも向き合っていく人生って、自分の中の輝きを本当に思い出す事につながる。地球レベルで人と比べて秀でているものが今見えてなかったとしても。好きと向き合っている人は、必ず輝きを見つけます。自分の中の輝きを知ります。そしてそのプロセスすらもキラキラします。そんなプロセスを生きている人からは、すごく愛と調和のエネルギーが必ず出るのね。

人と比べて秀でて特技ってやっている時よりも、それを一旦置いておいて、自分の好きと向き合おうとキラキラしている時の方が実は、人の喜びを引き出していく事につながったりする。特技を使って人と秀でている事に拘って生きるよりも、自分の好きを大事にしてキラキラ生きる方が、いろんな人たちと歓びを共有する人生に必ずなるよ。

書き出してみて、モヤモヤがスッキリしました。人と比べる事は本当にやめないといけないですね。私よくやってしまうみたいで、子供たちに言われます。順位や勝敗は気にしないのですが、つい日本の悪い癖で、他の子供を褒めて、自分の子供をけなしてしまうのです。「比べない・優劣もない」壁に貼っておかないといけないですね。

コンクールはやっぱり優劣を判断するために出るのではないのでポジティブに見守ります。

それよりも二人の中に音楽を奏でる楽しさ、自分の表現や音色を探す楽しさ、そして技術を磨く練習、努力からくる達成感、全てを合わせて、キラキラを見つけ出せるように話ができるように、このスタンスをしっかりと心に刻もうと思いました。

そして私の中にキラキラを今発見しましたよ!子供達はスズキメソッドで始めたので、親もレッスンに一緒に参加して、練習もみます。先生・生徒・親の三位一体なのです。スズキではなくなった今でも先生の方針で、毎週一緒にレッスンに入ってメモを取っています。クラシック音楽が好きでもない私には結構苦痛でした。でもまぁそんな私でも10年以上聴き続けたらだんだん好きになってきて、その音楽にホッとする様になってきました。

で、これを書きながら、去年のコンクールでの二人のDuetのビデオを見ていたのですが、涙が出てきたのです。コンクールで何番だったとかどうでもいいのです。本当に。ただこれは私へのご褒美なんだなぁ。って。二人が一緒に弾いている姿、呼吸を合わせて演奏している様子を見ていたら、上手い下手ではなくて、私達ここまで一緒に頑張ってきたね〜〜〜。って。ただ好き💕って。✨歓喜✨が溢れ出しました。

 

Charles-Marie Widor Trio 4th movement Sérénade/Serenade Eisteddfod 2021

 

✨感謝✨